2022年7月28日
隣で一晩中ラジオをかけっぱなしのテントがあり(しかも本人はいびきをかいている)あまり眠れなかった朝を迎えました。困ったものですがそうは言っていられない日です。何しろ山中行程全4日のうち、唯一の晴れ予報が今日の午前だけなのですから。
03:30シュラフから出て朝食を作り、簡単にパッキングしました。テントから出てビックリ、寒い!防寒着を着てさらに上から合羽を重ね着しました。
04:30テントをそのままに光岳山頂目指して歩きます。光岳小屋から20分とされていますから、何とか御来光は山頂で迎えられるでしょうか。
あれ、もう出そうじゃん。急げ急げ。
太陽が出る直前、何とか山頂にたどり着きました。コースタイム20分を甘く見てはいけませんね。
たまたま居合わせたわりときれいなお姉さんと写真を撮り合いました。
しばらくこの景色を眺めました。2日間の雨に耐えることで得られた景色です。じっくりと味わいたいものです。
山頂の先の展望台に行ってみました。ここからは南アルプスの南の果ての方が眺められました。モルゲンロートに染まる山肌が時共にゆっくりと変化していく様が楽しめました。
パノラマで。
心配事はやはり天気、金床雲が発達していました。
展望台の先に光岳の山名の元になった光石を見られるので寄るつもりでしたが、金床雲を見て現実に帰り、雨が降る前に何とかテントの中へと、そこには行かずにテント場へ戻りました。光石はまた次の機会にね。
05:35パッキングをほぼ終え、靴紐を結んでいたその時携帯電話が着信しました。
「もしもし、三毛さんですか。朝早く申し訳ございません。老人ホームのケアマネ○○です。実は5時の巡回時にお母さまが心肺停止になっており、現在医師を呼んでいる最中です。すぐにこちらに来てください。」
了解しました。すぐに向かいます。
という答えをするにはちょいとばかり都合の悪い所に居ります。しかもどう説明したらよいやら。
いやだってさ、何でこのタイミングなのよ。前日、もしくは明日なら横窪沢から下れば済むということでこの計画にしたんですよ。唯一ダメなポイントがまさにここで、そこ狙って来るかなあ。先週の面会時に反応が非常に良かったし、まさか今日とは考えもつかなかったよ。
思えば母は私が高校生時代から山に行くの嫌っていたからなあ。山だけじゃなく、自転車で旅行するのもモーターサイクル乗るのだって。まあ山と自転車旅行についてはちょいとばかり勇気の必要なこともやってはいたけどさ。
「承知いたしました。この2か月本当にありがとうございました。母の人生の最後をすばらしい環境で過ごすことができるように援助していただき、息子として大変感謝しています。ただですね、実は今東京にはいなくてすぐに伺うことができないので、なるべく早く戻る努力はいたしますが、どうしても間に合わないので家に電話にかけて妻と何とかしていただきたいのですが。」
さあ戻ろう。まだパッキングしていなかったサンダルを括り付け、ザックカバーをかけたら忘れ物の確認、出発します。
歩き出してすぐ、妻から電話が入ります。そちらの事情を聴きつつこちらの事情を説明します。
「もうどうせ間に合わないから事故なく帰ってくればいいから。こっちは三毛弟と三毛父もいるし、何とかするから。」
申し訳ない、何とかしてくれ。地図やGPS、スマホを見る時間を節約するために行程を頭の中で計算し、大体の通過時刻の設定をします。今日中に家にたどり着くために足を速めます。
昨日とは打って変わって良い天気ですが、道はぬかるんだままです。設定していた時刻よりはどこも早く通過することができて、前倒しでプランを修正していきます。
シャカリキとは、人間が一所懸命になった時お釈迦様がそっと力を貸してくださることだそうですが、恐らく私にも力を貸してくださったのでしょう。水分はハイドレーションで補給していますが、全く食欲がなく食べる気になりません。つまりは休憩が要らないのです。
07:50そろそろ会社の方は夜勤帯勤務も落ち着いてきたとことでしょうか。携帯のアンテナが2本立ったところで電話をかけました。もちろん歩きながらです。
「三毛です。実は母が心肺停止になりまして、これから死亡確認されるところです。今日から忌引きになりますので勤務変更お願いします。夜勤も被ってしまっています。」
それにしてもいい天気です。なんでゆっくり歩けないのでしょうか。
母は新幹線や東名高速から見る富士が好きだったけなあ。そんなことを思いながら歩き続けました。
仁田池を越えたところで09:00を過ぎました。もうみんな出勤していることでしょう。携帯の電波も比較的強く入っています。改めて会社に電話して、事の次第を説明しました。
09:35茶臼を越えたところで行ったんザックを降ろします。何か食べようと思うのですが全く食べる気がおきません。それでもカロリーは入れておこうと無理やりストライクイーグルピーナッツを口に放り込みます。そしてザックのヒップベルトポケットにはソルトタブレットを入れます。さすがに水ばかり飲んでいては危ないですからね。お釈迦さまもそこまでは面倒見てくれないでしょう。また、妻から電話がありいくつかの情報をもらいました。葬儀屋との打ち合わせは本日15時からとのこと。どう考えても出席できないので、弟と全部決めてもらうことにしました。なんだかんだで結局10:00過ぎにようやく下り始めることができました。
横窪分岐からは地獄の下りです。4年前の通過時、滑落事故を身近に聴いた道ですから慎重に下ります。もちろん休憩はなしのままです。
横窪沢を通過します。本当はここで今日の行動はおしまい、テントでゆっくりできたのになあ。残念。単独行の男性がここで休憩をとるためにザックを降ろし、追い抜きました。
そこからの激下りで右足を岩にヒットさせてしまいました。いつもならそんなことには全く動じないローバーの山靴なのですが、ややひもが緩み加減のままずんずか下ってきたので足が前にずれていて、第一趾の爪をぶつけてしまいました。痛い~。でも今更どうしようもないのでそのまま歩き続けます。
もちろん飛ぶように歩いてばかりはいられません。転落事故はいつもすぐ側に居る道です。そりゃこんな道ですからね。慎重にもなります。
どんどん下り、ヤレヤレ峠を登り返してまた下ってすぐのところで大勢の登山者と鉢合わせしました。登り優先とは言うものの到底私のいる場所では避けられないので声をかけました。
「すいません、こちら崖なのですれ違うスペースがありません。そちらはいかがですか。」
「大丈夫です、待っていますからどうぞ通ってください。」
お礼を言ってすれ違う時、再び声をかけられました。
「今日はどちらからですか?」
光岳からです。
「下る途中で70歳くらいのメガネをかけた男性を追い抜きませんでしたか?」
途中確かに何人か追い抜きましたが70代男性単独行は居なかったかなあ。強いて言えば横窪沢小屋で追い抜いた人が自分と同じか少し上に見える単独行でしたが。
「何時くらいでしたか?」
はっきり覚えています。11時25分です。
この団体、遭難救助隊でした。下山予定日になっても下山しないので捜索に来たとのこと。最後に名前を聞かれ答えました。
大吊橋を渡り、モーターサイクルに戻ってきたのは14:20くらいでした。ザックを積載し、靴を履き替えてエンジンに火を入れます。どうしても立ち寄らなければいけないのが白樺荘で、そこのコインロッカーに荷物を預けてあるのです。それとせめてシャワーは浴びたいし、空腹も感じ始めていたので食事もとりたいところです。そこから5時間以上のライディングですからね。
白樺荘に着いたらまずはコインロッカーを開け、中の荷物を取り出します。それから入浴です。浴室に行きますが、時短の為もちろんシャワーのみ。温泉に浸からずに出るという、恐らくここの客では極めて珍しい行動をとりました。チケットを出してから10分もかからずに出てしまいました。すぐに食堂へ行き、カツカレーを注文しました。なぜかライスてんこ盛りで全部を食べることができずにずいぶん残してしまいました。食べたら軽くはブラシでブラッシング、そして再び愛車に跨りワインディングへ滑り出しました。
心配していた雨には合わず、しかし遠雷は時折聞こえてくる中快調に走り続けます。約2時間で新清水IC前のローソン到着。ここでいくつかのラインやメールの着信があり、それに応えます。また、会社から緊急下山していることに心配の声が上がり無事下山したことを電話で伝えました。
ローソンで購入した飲み物で水分補給をしたら高速に乗ります。新東名の120㎞/h区間ですが制限速度目いっぱいを使って走りました。
東の方に稲光が見えてきました。自宅に電話しようとインカムのファンクションボタンをダブルクリックするとなんと会社につながってしまいました。そうだった、下山報告入れたんだよね。ごめんなさい、夜勤だったYさん!
新東名から東名に入り、足柄SAで改めて電話をかけました。東京ではもう雨がかなり降っているとのこと。こりゃまずい、合羽を着ておこう。感染も怖いのでトイレには寄ったけどその他には寄らずそのまま走り出しました。
走行中も何度か電話をかけて状況の報告をしました。弟は夕食を食べた後もまだいるとのこと。もうちょっとで自宅着くからね。
しかし首都高速で渋滞にはまり、また雨にも見舞われ流れがかなり悪くなります。自宅到着は21時頃になっていました。弟は帰った後でした。
こうして私の3年ぶりの夏休みは尻切れで終わってしまい、急遽この日から忌引きとなってしまいました。
今回使った登山靴です。参考として載せておきますが、間違っても登山靴を通販で買わないでください。試し履きは非常に重要です。また、目的に合った製品かどうか、店員とよくご相談の上に購入してください。
ザックはホグロフスを使いました。私のモデルは今はカタログ落ちしています。
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隣で一晩中ラジオをかけっぱなしのテントがあり(しかも本人はいびきをかいている)あまり眠れなかった朝を迎えました。困ったものですがそうは言っていられない日です。何しろ山中行程全4日のうち、唯一の晴れ予報が今日の午前だけなのですから。
03:30シュラフから出て朝食を作り、簡単にパッキングしました。テントから出てビックリ、寒い!防寒着を着てさらに上から合羽を重ね着しました。
04:30テントをそのままに光岳山頂目指して歩きます。光岳小屋から20分とされていますから、何とか御来光は山頂で迎えられるでしょうか。
あれ、もう出そうじゃん。急げ急げ。
太陽が出る直前、何とか山頂にたどり着きました。コースタイム20分を甘く見てはいけませんね。
たまたま居合わせたわりときれいなお姉さんと写真を撮り合いました。
しばらくこの景色を眺めました。2日間の雨に耐えることで得られた景色です。じっくりと味わいたいものです。
山頂の先の展望台に行ってみました。ここからは南アルプスの南の果ての方が眺められました。モルゲンロートに染まる山肌が時共にゆっくりと変化していく様が楽しめました。
パノラマで。
心配事はやはり天気、金床雲が発達していました。
展望台の先に光岳の山名の元になった光石を見られるので寄るつもりでしたが、金床雲を見て現実に帰り、雨が降る前に何とかテントの中へと、そこには行かずにテント場へ戻りました。光石はまた次の機会にね。
05:35パッキングをほぼ終え、靴紐を結んでいたその時携帯電話が着信しました。
「もしもし、三毛さんですか。朝早く申し訳ございません。老人ホームのケアマネ○○です。実は5時の巡回時にお母さまが心肺停止になっており、現在医師を呼んでいる最中です。すぐにこちらに来てください。」
了解しました。すぐに向かいます。
という答えをするにはちょいとばかり都合の悪い所に居ります。しかもどう説明したらよいやら。
いやだってさ、何でこのタイミングなのよ。前日、もしくは明日なら横窪沢から下れば済むということでこの計画にしたんですよ。唯一ダメなポイントがまさにここで、そこ狙って来るかなあ。先週の面会時に反応が非常に良かったし、まさか今日とは考えもつかなかったよ。
思えば母は私が高校生時代から山に行くの嫌っていたからなあ。山だけじゃなく、自転車で旅行するのもモーターサイクル乗るのだって。まあ山と自転車旅行についてはちょいとばかり勇気の必要なこともやってはいたけどさ。
「承知いたしました。この2か月本当にありがとうございました。母の人生の最後をすばらしい環境で過ごすことができるように援助していただき、息子として大変感謝しています。ただですね、実は今東京にはいなくてすぐに伺うことができないので、なるべく早く戻る努力はいたしますが、どうしても間に合わないので家に電話にかけて妻と何とかしていただきたいのですが。」
さあ戻ろう。まだパッキングしていなかったサンダルを括り付け、ザックカバーをかけたら忘れ物の確認、出発します。
歩き出してすぐ、妻から電話が入ります。そちらの事情を聴きつつこちらの事情を説明します。
「もうどうせ間に合わないから事故なく帰ってくればいいから。こっちは三毛弟と三毛父もいるし、何とかするから。」
申し訳ない、何とかしてくれ。地図やGPS、スマホを見る時間を節約するために行程を頭の中で計算し、大体の通過時刻の設定をします。今日中に家にたどり着くために足を速めます。
昨日とは打って変わって良い天気ですが、道はぬかるんだままです。設定していた時刻よりはどこも早く通過することができて、前倒しでプランを修正していきます。
シャカリキとは、人間が一所懸命になった時お釈迦様がそっと力を貸してくださることだそうですが、恐らく私にも力を貸してくださったのでしょう。水分はハイドレーションで補給していますが、全く食欲がなく食べる気になりません。つまりは休憩が要らないのです。
07:50そろそろ会社の方は夜勤帯勤務も落ち着いてきたとことでしょうか。携帯のアンテナが2本立ったところで電話をかけました。もちろん歩きながらです。
「三毛です。実は母が心肺停止になりまして、これから死亡確認されるところです。今日から忌引きになりますので勤務変更お願いします。夜勤も被ってしまっています。」
それにしてもいい天気です。なんでゆっくり歩けないのでしょうか。
母は新幹線や東名高速から見る富士が好きだったけなあ。そんなことを思いながら歩き続けました。
仁田池を越えたところで09:00を過ぎました。もうみんな出勤していることでしょう。携帯の電波も比較的強く入っています。改めて会社に電話して、事の次第を説明しました。
09:35茶臼を越えたところで行ったんザックを降ろします。何か食べようと思うのですが全く食べる気がおきません。それでもカロリーは入れておこうと無理やりストライクイーグルピーナッツを口に放り込みます。そしてザックのヒップベルトポケットにはソルトタブレットを入れます。さすがに水ばかり飲んでいては危ないですからね。お釈迦さまもそこまでは面倒見てくれないでしょう。また、妻から電話がありいくつかの情報をもらいました。葬儀屋との打ち合わせは本日15時からとのこと。どう考えても出席できないので、弟と全部決めてもらうことにしました。なんだかんだで結局10:00過ぎにようやく下り始めることができました。
横窪分岐からは地獄の下りです。4年前の通過時、滑落事故を身近に聴いた道ですから慎重に下ります。もちろん休憩はなしのままです。
横窪沢を通過します。本当はここで今日の行動はおしまい、テントでゆっくりできたのになあ。残念。単独行の男性がここで休憩をとるためにザックを降ろし、追い抜きました。
そこからの激下りで右足を岩にヒットさせてしまいました。いつもならそんなことには全く動じないローバーの山靴なのですが、ややひもが緩み加減のままずんずか下ってきたので足が前にずれていて、第一趾の爪をぶつけてしまいました。痛い~。でも今更どうしようもないのでそのまま歩き続けます。
もちろん飛ぶように歩いてばかりはいられません。転落事故はいつもすぐ側に居る道です。そりゃこんな道ですからね。慎重にもなります。
どんどん下り、ヤレヤレ峠を登り返してまた下ってすぐのところで大勢の登山者と鉢合わせしました。登り優先とは言うものの到底私のいる場所では避けられないので声をかけました。
「すいません、こちら崖なのですれ違うスペースがありません。そちらはいかがですか。」
「大丈夫です、待っていますからどうぞ通ってください。」
お礼を言ってすれ違う時、再び声をかけられました。
「今日はどちらからですか?」
光岳からです。
「下る途中で70歳くらいのメガネをかけた男性を追い抜きませんでしたか?」
途中確かに何人か追い抜きましたが70代男性単独行は居なかったかなあ。強いて言えば横窪沢小屋で追い抜いた人が自分と同じか少し上に見える単独行でしたが。
「何時くらいでしたか?」
はっきり覚えています。11時25分です。
この団体、遭難救助隊でした。下山予定日になっても下山しないので捜索に来たとのこと。最後に名前を聞かれ答えました。
大吊橋を渡り、モーターサイクルに戻ってきたのは14:20くらいでした。ザックを積載し、靴を履き替えてエンジンに火を入れます。どうしても立ち寄らなければいけないのが白樺荘で、そこのコインロッカーに荷物を預けてあるのです。それとせめてシャワーは浴びたいし、空腹も感じ始めていたので食事もとりたいところです。そこから5時間以上のライディングですからね。
白樺荘に着いたらまずはコインロッカーを開け、中の荷物を取り出します。それから入浴です。浴室に行きますが、時短の為もちろんシャワーのみ。温泉に浸からずに出るという、恐らくここの客では極めて珍しい行動をとりました。チケットを出してから10分もかからずに出てしまいました。すぐに食堂へ行き、カツカレーを注文しました。なぜかライスてんこ盛りで全部を食べることができずにずいぶん残してしまいました。食べたら軽くはブラシでブラッシング、そして再び愛車に跨りワインディングへ滑り出しました。
心配していた雨には合わず、しかし遠雷は時折聞こえてくる中快調に走り続けます。約2時間で新清水IC前のローソン到着。ここでいくつかのラインやメールの着信があり、それに応えます。また、会社から緊急下山していることに心配の声が上がり無事下山したことを電話で伝えました。
ローソンで購入した飲み物で水分補給をしたら高速に乗ります。新東名の120㎞/h区間ですが制限速度目いっぱいを使って走りました。
東の方に稲光が見えてきました。自宅に電話しようとインカムのファンクションボタンをダブルクリックするとなんと会社につながってしまいました。そうだった、下山報告入れたんだよね。ごめんなさい、夜勤だったYさん!
新東名から東名に入り、足柄SAで改めて電話をかけました。東京ではもう雨がかなり降っているとのこと。こりゃまずい、合羽を着ておこう。感染も怖いのでトイレには寄ったけどその他には寄らずそのまま走り出しました。
走行中も何度か電話をかけて状況の報告をしました。弟は夕食を食べた後もまだいるとのこと。もうちょっとで自宅着くからね。
しかし首都高速で渋滞にはまり、また雨にも見舞われ流れがかなり悪くなります。自宅到着は21時頃になっていました。弟は帰った後でした。
こうして私の3年ぶりの夏休みは尻切れで終わってしまい、急遽この日から忌引きとなってしまいました。
今回使った登山靴です。参考として載せておきますが、間違っても登山靴を通販で買わないでください。試し履きは非常に重要です。また、目的に合った製品かどうか、店員とよくご相談の上に購入してください。
ザックはホグロフスを使いました。私のモデルは今はカタログ落ちしています。
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