昨年のMotoGPのタイトルを獲得したのはジョアン・ミルです。彼はMotoGPに昇格してまだ2年目という若いライダーですが、スズキファクトリーチームのライダーですから万全の体勢を受けているだろうし、絶対王者マルク・マルケスが負傷して不在となってしまっている上にスズキのエース、リンスも途中まで骨折の影響で完走がやっとという中での勝利だったので運が良かった面もあるよな、という印象を持っていました。
しかし、この本を読み終わってみればミルにも、スズキファクトリーチームにも「そんな感想を持って申し訳なかった、知らなかった。」と謝りたくなってしまいます。それはそれは、過酷な過程を踏んでから到達した望外の頂点であることをこの本で知ったからです。
スズキがMotoGPを一時撤退していて2015年から復帰したのは知っておりました。というのも、私が普通自動二輪免許を取ったのが2014年の12月で、初めての中型自動2輪の愛車探しにあちこちのサイトを見ていた時期だったからです。いわゆるリーマンショックに始まる不景気からようやく出口が見えてきたので再参戦を決めたのだろうと予想していたのですが、一時参戦休止とした時点ですでに2014年を目途に再参戦を目指すと発表されていたそうです。
復帰2年目のイギリスGPでビニャーレスが優勝しますが、この本のサブタイトル千七百五十二日とは、スズキがMotoGP活動休止を発表した2011年11月18日からこの日までの日数ということでした。
辛辣な批評もしておきましょう。物語としての出来については正直、不出来と断言できるレベルです。物事の説明のために過去や現在の状況と比較することは普通にありますが、あまりにもそれが多すぎて一体いつのことを描いているのかよくわからないのです。主に2011年前後の活動停止に至る過程を説明している前半は特にそれが酷く、2000年ケニーロバーツJrの優勝やあるいはケビン・シュワンツ、はてはバリーシーンまで登場するし、そうかと思えば、いずれ出てくると楽しみにしておいたアレックスリンスの話などはもはやネタバラシにしかならない状態で出現します。その他の人でも、商品開発に移動と書いて残念がらせておいてすぐ、○○年に戻ってくるとみんな書いてしまうのです。いやそこはさ、読み進めていくと「おお、あなたが帰ってきたか!」と読者を喜ばせるポイントじゃないか。
「かつてスズキファクトリーは栄光に満ちていたが、莫大な資金が必要の割に売り上げに貢献しているかどうかの確認が取りようのないレース活動に本社からお金を回してもらえなくなり勝てなくなった。」これを説明するのに100ページは割いて、しかも話が過去や現在に何回も飛んでいる感じなのです。あまりに飛ぶので作者自身がどこを描いていたのかわからなくなったのでしょう、「話を2000年代に戻します」とあいまいな戻し方をするのです。
私の手元にある、この手の本はほぼ年代ごとに物事が進んでいきます。例えば「テントウムシが走った日 スバル360開発物語」「ホンダ魂 F1制覇に賭けた2000日」「大いなる飛翔」(STOL機開発)。一緒に開発しているような、一緒にレースに参戦しているような、そんな気分を味わいながら文字を追いながら応援しています。結果はもちろん知ってはいるのですけどね。その楽しみを奪ってどうする、西村さん!
物語ではなく、インタビューをしてそのバックボーンを説明した本として捉えるなら面白い逸話が出てきます。鈴木修会長はわずかしか出てこないのですが、なかなか面白いものがありますね。
「2輪は4輪の足を引っ張るな。」と言っていた修氏が、サムライがアメリカで訴訟問題に揺れ出すと「とにかくお前ら(2輪販売部門)4輪を助けろ」と言い出したり、「レースは販促なのか、開発なのか。」と言ったりとするけど、それで諦めないで向かってくる奴が好き、など好漢ぶりが見て取れます。
レース部門の「何千億と売り上げているスズキ2輪のごく一部を使って活動している」という感覚と、兆の単位を売り上げている4輪に比較してそれでもあまりにも小さく、将来性も低いと感じている経営者との温度差はかなりの物があるが、もともとレースにも帯同していた修氏ならではの理解がある程度のレース参戦を許していたという事実もあることが記されています。また、大変興味深かったのはホンダとヤマハの動きで、この2社がスズキファクトリーチーム存続に向けてずいぶん裏で動いていたという事です。それぞれに理由もあるのですが、それにしてもレースを戦う相手にそこまでするとは、と驚くばかりでした。
読む価値があるのか?と問われると、相手によって答えが違ってくる本です。ドキュメンタリー物語として読みたい人には他の本をお勧めします。しかし、ここ10年のスズキファクトリーチームの裏側と、現在の活躍までの道のりを知りたい方は読んで損はないかもしれません。私は次のレースからはスズキエクスターを応援しようと思うようになりました。本は2019年シーズンで終わります。2020年のミルの活躍は他で調べましょう。
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