2015年8月27日
日付が変わるまで眠りに付けないままでしたが、さすがにそれからはうとうとする時間が増えてきました。しかし、風雨の音に目を覚まされ熟睡はできないまま4時のアラームを聴くことになりました。
今日の行程は昨日と違って長めなので、雨くらいなら定刻に出発するのです。朝食は予定を変えてこれにしてみました。辛味の効いた物でないと喉を通らないと思ったからです。
5時過ぎ、テントから出ようと思った頃、雨がやみました。なんという強運!テントを畳んでパッキングします。全てパッキングを終え、テントをビニール袋に入れてザックの上に入れます。上の巾着部分を締めようとしてコードを引いたらあれびっくり!びりっと行きました。丁度良かった、ハイドレーションのチューブを出す穴がそこに欲しかったんだよ。
くそ、防水膜直したばかりなのにまた修理かあ。5時30分、予定通り出発しました。雨は上がっていますが、やはりガスは晴れていません。
中白根山までたんたんと登って行きます。寝起きだし、今一つすっきりしない体なのでゆっくりと歩くことを意識しました。
6時15分、中白根登頂。3055mと、西農取岳より標高が高いのですが、北岳、間ノ岳に挟まれているので存在感は希薄です。ガスで、眺望はゼロ。
中白根で休憩していると、若いカップルが追い付いて来ました。シャッターを押してあげました。彼らは間ノ岳を踏んだ後、仙丈ケ岳まで歩く予定だそうです。長い行程だし、あまり人が歩いていないようなので気を付けてくださいね。
冬には雪庇が張り出しそうな尾根を行きます。
カップルに追いつかれ、追い越されました。さすが、長丁場を歩くとあって、体力には感心致しました。
一応太陽が出ているんですね、これでも。
7時30分、間ノ岳登頂!何にも見えないので、5分ほどの休憩で済ませました。
ここから不思議ロードの始まりです。あちらこちらに「ノウトリ⇒」と黄色いスプレーで不気味な殴り書きがしてありました。一部は「ノオトリ」の文字も。なぜ反対方向間ノ岳の文字、矢印がないのでしょう?
ガスがだんだん晴れてきました。これは農取岳からの眺望は期待できるか?
あの丘を越えれば農鳥小屋です。そこで一本取りましょう。だいぶ空腹になってきました。
8時30分、農鳥小屋到着です。小屋の北側の小山に座り、パンなどを食べました。小屋の壁に黄色いスプレーで、道標と同じ筆跡の「ウケケケ」の文字が。そうか、この小屋の主人が登山道に印をつけてくれていたのか。ウケケケはよくよく目を凝らすとウケツケのようです。
日が出てきたので、フットプリントとテントマットを干しました。今後の行程を計算しました。12時に大門沢下降点に着けばよしとすると、ここには9時までいても大丈夫でしょう。30分もすればガスも抜けるかもしれないという期待もあります。
農取岳方面、ガスがずいぶん減ってきていますよ!
レーションを食べていると、小屋の主と思しき老人が双眼鏡をのぞいています。何を見ているのかな?すぐそばに来てこちらを意識しているのはわかるのですが、声をかけてきません。
レーションを食べ終え、口をゆすいでいるうちに霧雨が降ってきました。これはいけません。干していたものを取り込み、パッキングしました。
すぐそばでこちらを気にしている小屋の主に挨拶してから行きましょう。側へ寄って行くと、
「こっちは登山道じゃないぞ。あっちって書いてあるじゃないか。」
「すいません、そうですね。ガスがずいぶん薄くなってきましたけど、天気はこれからどうでしょうね。」
「天気は、天気だ。それが晴れるのか降るのか、そんなの俺は知らね。」
??????なんだこの人!この愛想の悪さは天下一品です。それじゃあ、どうも、と声をかけて歩き出しました。
そう言えば、もう何年も前の山雑誌に「愛想が悪い」と書かれていたオヤジがいたけど、まさにこの人だったか!
帰宅後、ウェブサイトを調べてみると意外なほど人気のある人で驚きました。到着が「門限」より遅れると怒鳴り付けたり、装備に不足があっても説教、双眼鏡は登山者の歩き方を見て「今日は行くな、ここ泊まれ。」「お前なら大丈夫、先へ行っても良い。」等とやっているそうです。
今までに何人もの遭難者を救った実績もあるということですが、ただ、人間として最低限のあいさつができない人を手放しで褒めたくはないのが私の本音です。
振り返ると晴れかかっている間ノ岳と農取小屋が見えました。
あんなに濃いガスの中に合った農取岳もどんどん晴れてきました。これは期待していいかな?
ついに間ノ岳はその姿をすべて見せてくれました。北岳よりなだらかで、その分体積は大きく威圧感があります。
こっち(農取岳)も晴れてきたぜ。ここを登り切れば塩見岳が見えるはずです。
ここを左に曲がればもうすぐ西農鳥岳です。残念ながら、塩見岳は雲の中。
そして9時50分、登頂しました、西農鳥岳。さっきまで見えていた間ノ岳はもうお隠れになっています。
こっちはこれから行く農鳥岳です。
ここを登って来たのか。少し遅れて若年の、さらに遅れて年配の男性単独行の方が到着しました。
若年男性は農鳥まで行ってピストン、農鳥小屋を通過して熊ノ平まで行く予定だそうです。農鳥小屋での話をすると、その方も
「ああ、あのおやじは長いこと山にいるから頭がね。また通過するけど顔見ないようにさっさと通過しよう。」
と言っていました。
年配の方は、
「私もこんにちは、というと、むすっとした顔されました。」
と言って大笑い。
その方とお互いに写真を撮り合いました。単独行同志、自分の写真にはやはり支え合いが必要なのです。
塩見は出そうで出ませんね。雲が上がって行き、もうちょっとで出るぞ、と思うとまた雲が湧いてくる、そんなことの連続です。
出そうで出ない時にはテレミンがいいのですが、わかる人だけうんざりしてくれればいいのでわからない方は読み飛ばしてね。
あんまりのんびりしているとこっちもガスに巻かれてしまいます。どんどん湧いてきているのです。奇跡的な時間に登頂できたようです。先を急ぐことにします。
二つの農鳥岳は意外なほど険しい岩稜帯でした。落石、滑落には注意が必要です。
鞍部に下って登り返すと歩きやすい道になります。ここを西に巻いて次のピークに立てば、そこが農鳥岳です。
農鳥岳登頂です。休憩していたら、年配男性が追い付き、写真をお互いに撮り合いました。彼の行程も私と一緒、今日は大門沢小屋泊まりということでした。
農鳥岳から大門沢降下点までは天空の散歩道です。高山植物の咲くなだらかな道を、緩やかに登ったり下ったりしながらだんだん下りて行きます。
結局塩見岳はますます厚い雲の中へ。
森林限界の上にいられるのももうあとわずか。大門沢の降下が始まれば直に樹林帯へと入って行くのです。名残惜しみながら歩行しました。
大門沢下降点を示す黄色い塔が見えてきました。
鐘がつるしてあります。47年前、下降点が分からずに遭難した25歳青年の両親が二度とそういう事故のないようにと立てたのだそうです。遠くから見るとなんだかキリンが寂しく立っているように見えます。
この日は大門沢小屋泊まりなのですが、ここの下りは2日に分けず、大門沢下降として続けて書きたいので、本日はここまでにします。
そう思うより仕方がありませんでした。実際は結構参っていました。雨の降る中ですからなおさらです。
どんなに凄い人でも挨拶のできない人はダメですね。
出そうで出ない時にラキソ1本処方する時代錯誤なイカレドクターは流石にもう居ないかな?
うんざりしてくれてありがとう。
ザックは現在修理方法を考え中です。縫い付けるだけにするか、いっそ新しい生地でチューブごと作り直すか。
挨拶はおっしゃる通りだと思います。でも、不思議と嫌いになれない不思議な魔力を持った人ですから、一度宿泊してみたいなあ、とも思いました。来年あたり、一緒にどう?ちなみにトイレはなかなか刺激的な物らしいです。
農鳥岳は足を入れたことがないので、羨ましく読みました。あの小屋の昔からの評判はいまもそのままですね。
既にご高齢では? もしくは似たように無愛想な熊が代替わりして小屋番を?
次回も楽しみにしてますが、ここからの降下は長丁場だった、、、(寝不足と疲労もあるし)と知人からは聞いています。
良かったですね。
天候は覚悟していたよりはましなのでよし、といたしております。
農鳥小屋のあの人はおっしゃる通り、ものすごく高齢のようにお見受けいたしました。すべての登山口から、一泊目に設定するのが難しい場所に長くいれば偏屈にもなるのかもしれませんが、昔からその評判とはやはりもともとどこかおかしいのでしょう。そうでもなければあの場所で長く営業を続けられるものでもないでしょうし。
本当に、農鳥岳の景色は奇跡的でした。大門沢下降点に降りた時には山頂はもう雲の中でした。
農鳥小屋のオッサン アッ氏が勝手に思うトコロ「本当の山の達人」なのでは! アッ氏が通ったデコボコのオーナーは(70過ぎ)若かりし頃よく登山に出かけたそうです。その頃は登山口に装備を調べるひとがいて 装備がオッケーとか浅いレベルで判断するので無く パッキングの仕方や靴の結び方までキッチリと見ていたとの事。「天気は天気だよ」というのは挨拶代わりで、ヤバイ時には「駄目!」と言う様な「山神様」の様な人であるのかと勝手に想像します。(o^^o)
昨日襲った大雨の件ももありますが「天候に自然環境」山登りの際の霧! 視界が無くなってしまうと言うのは本当に恐ろしい事ですね~。 アッ氏の勝手な想像ですが、 遭難した方を救った事もある農鳥小屋のオッサンはstar warsに出てくるJEDI masterと ヨーダみたいな人なのかとも思ってしまいなれません。(o^^o)
農鳥おやじは年齢はもうヨーダ並みですね。見た目もヨーダに近くなっているようです。