三毛ジャガーの物欲日記

オートバイ、自転車、登山、カヌーカヤック、スキーなどアウトドアレジャーを楽しんでいます。物欲にまみれていて欲しい物は買う、戴く、無い物が欲しければ作ってでも手に入れております。

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今年も連陸を観戦してきました。
 
連陸とは、区、中学校連合陸上競技会のことです。昨年は息子が、今年は娘が参加しています。競技も全く一緒、100m走と、100m×4リレーです。よく晴れた、まさに運動会日和の今日、大変楽しく観戦できました。一所懸命な姿、そしてハイレベルな記録、なかなかのものでした。
 
肖像権の問題があるので写真はここまでにいたします。
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娘は何とか100mで予選突破、決戦へと進みましたが、そこではまるで歯が立たず、入賞はできませんでした。
 
先生から、
「お前の兄貴は勝っても全然嬉しそうな顔をしないのでつまらなかったが、お前は喜びがすぐに顔に出てわかりやすくていいな。」
と言われ、本人は褒められたと思っています。
 
息子はもし仮に1位になったとしても、
「あそこで失敗した、もっといいタイムが出せた。俺はだめだ、遅い、遅すぎて話にならない。」
とマイナス思考の塊のような人なのですが、その分もっと強く、もっと速く、もっとうまくなりたいと練習は熱心にやります。
 
娘は、天真爛漫なので、そこそこのタイムが出せれば
「すごいでしょう!」
と、順位関係なく大喜び、そのかわり努力を重ねることは嫌いなのです。
 
うまく組み合わせればもう少しは上を目指せると思うのですが、生まれつきの物なのか、なかなか思うようには育ちませんね。ま、いっか。
 
この中学校は娘の学校でもありますが、私の母校でもありますので、応援にも力が入ります。ミスが出たりして、なかなか勝ちきれない競技が多かったのですが、午後には1位を取ってきたり、そこそこの点数でも数多く稼ぎ、トータルでは入賞してしまいました。昨年とほぼ同じ順位です。これは嬉しいですね。
 
それにしても、こんな立派な陸上競技場で戦えるなんて、うらやましい限りです。私が中学生の時には第一パンの裏の空き地に、先生がライン引きで引いた明らかに曲がった白線で、炎天下に野ざらし、(テント持参の学校もあったけど)熱中症寸前の体で走らされたことを思うと、隔世を禁じ得ません。
 
ただし、もう少しスポーツにも予算を割いてもらいたいなあ、というところもあります。時間計測装置の不具合で、男子1500mを再レースにするというとんでもない提案があったようです。それはないよね、2回も走ったら、順位変わっちゃうでしょう。さすがに再レースは回避したようですが。バックアップ機器を導入してほしいですね。
 
スポーツ、芸術、文化、そして必要な部分の教育に金をかけない日本は、今日もいらない道路、ダム、鉄道を作っています。しかも借金して。

今日は娘の中学校の運動会。学年女子一番の俊足を活かして活躍しておりました。しかし、それより胸を打つのは応援合戦です。今どきの白けた思春期の生徒でも、やる時はやりますね。上級生が声をからして早朝から放課後まで必死で踊りの練習、下級生もその姿に引っ張られて一所懸命に踊っていました。
 
娘のチームは残念ながら賞には恵まれませんでした。解散式で、応援団長が下級生に向かって、涙を流しながら挨拶したそうです。
「勝てなくて申し訳ない。ダメな団長なのに必死についてきてくれてありがとう。僕は1年生の時に最優秀賞を取って、その感動が忘れられなかったので、これをみんなにも味あわせたかったのに、出来ませんでした。すいません。」
 
みんな拍手で団長の労をねぎらったそうです。ここ1か月、5分の本番のために本当に良く練習してきました。
 
さて、がんばった人は他にも見られます。娘とはクラスは違うのですが、同じ小学校出身の男子、そのお母様は私の中学校時代の同級生という人がいます。実はこの男、先週私の整形外科仲間になりました。転んで右手首が亜骨折になり、ギプス固定で様子観察中なのです。休日診療で見てもらった医院長にダメと言われて、運動会はあきらめ気味でしたが、改めて週明けに診察を受けたら、いいんじゃないかな?と言われて何とか参加の決意をしたそうです。
 
そんな状態だったので、できる種目だけさらっとやる程度かと思いきや、なんと用具係としての責務も果たしていました。
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この根性は褒めるに十分値するでしょう。もちろんリレーも100m走も走っていました。
 
そしてもう一人、整形外科仲間の活躍情報が入っています。社会科の三浦友和先生、先日整形外科でお会いしたときには膝にヒアルロン酸注射を受けていましたが、今日、グルメフォンド軽井沢40㎞を完走したそうです。これは自転車のイベントですが、アップダウンもあるので膝への負担も当然それなりにあるはずです。還暦過ぎて膝に不安を抱える中、参加しようという意欲と完走した実績は、整形外科に通う者として大いなる刺激になります。
 
来週はいよいよ私の番です。しばらく長距離走っていないので不安もありますが、整形外科仲間にいただいた勇気をもって霞ヶ浦に参加してこようと思っています。
 
運動会終了後、整形外科へリハビリに行きました。マッサージを受けているのですが、今日の担当リハビリ師は
「僕も休日は自転車ですよ。」
だそうです。もし霞ヶ浦で出会ったら何か言われるかな?いや、終了後にマッサージしてもらうか。

娘の中学校では授業が始まっています。今日は技術家庭科の授業があったそうです。
 
「どんな内容の授業なの?」
「自転車!」
 
そうか、それならばっちりできるだろう。何しろ私の娘だからね。どんな内容なの?
 
「写真を見て古い順に並べるの。」
 
なるほど、これは難問だな。まず気をつけなければいけないのは73系AXだ。EXと併売されているから必ずしもAX搭載車の方が新しいとは限らない。それから7900系はカンパが11速になってから発売された10速だから、これも注意が必要だ。
 
「そんなんじゃないよ、写真は4枚だけで、昔の自転車ばかりだよ。」
 
それじゃあドライジーネとか、ペニーファージングとか、それを並べるのか?
 
「なんだかわからないけど、たぶんそう。」
 
それなら簡単だ。ペダルがないのが一番古いドライジーネ、チェーンがないのがペニーファージング、チェーン駆動で車輪が小さくなったセイフティー、、、、。当然できたでしょう。
 
「んー、一個も当らなかった!」
 
なぜ?????技術家庭科ではこれ以上簡単な問題作れないぞ!
 
「だってね、ドライジーネって一番新しいと思っちゃったの。だってお父さんのリカンベントとハンドルが同じだから。」
 
ドライジーネ
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リカンベント
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そう言われてみれば似ていないこともないですね。さて、夕食が終わったら「勉強」見てやるか。とほほ。


これは娘さんに一本取られましたね。
理科で言えばイクチオステガの後の年代にアノマロカリスを持ってきてしまったみたいなものですね。 削除
九太郎 ]
2013/4/17(水) 午前 11:07
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九太郎さん、コメントありがとうございます。

3年足らずでこやつも受験、大丈夫かぁ????兄はサッカーがあったからどうにかなったけど、こいつには何にもないぞ! 削除
2013/4/17(水) 午後 0:22
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自転車を古い順に並べる技術家庭科って、科目とあってるのか????
何か作って(`・∀・´)エッヘン!!したり、一人暮らしで困らないような事を
勉強するのかと思ってたよ。
しかし、知識が余計に人よりある分答え間違っちゃったんだろうね。
受験にはこの知識は必要ない予感がするので、大丈夫!! 削除
2013/4/18(木) 午後 7:33
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くまそんさん、コメントありがとうございます。技術の進歩という観点で自転車を題材に授業をしたようです。先生の配ったプリントの写真がコピーなのでつぶれていてはっきりしていなかったので、ハンドルに着目してしまったようです。

駆動伝達方式を見れば一発でわかるはずなんですけどね~。メカに疎い人に教えるのは大変です。 削除
2013/4/19(金) 午後 10:18
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「ガンちゃん先生」でも出てきた、「社会科の三浦友和」について今日は書いてみます。実はこの方、その3年生の時の担任で、この方も山登りをされる方でした。先日スキーへご一緒したのはご存知のとおりです。
 
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中学3年生へ進級した私は、7組になりました。教室へ入ると、黒板に大きく
「ようこそペンギン村へ」
とかかれ、あまり似ていないDrスランプアラレちゃんの絵が書いてありました。一体どんなセンスなんだか、という思いと、忙しい中、生徒に合わせるために漫画を読み、TVを見ているその熱意に感心する思いと半々でした。ちなみに私は自転車が忙しく、どちらも見ていませんでした。
 
その「ようこそ」の下に席順が書かれておりまして、私は窓側一番前でした。となりに女子を挟み、さらにそのとなり、教卓すぐ前にM君がいました。
 
当時背が高い方で、視力もめちゃめちゃに良かった私はまず前の席になることはなく、新鮮な心持ちで席に着きました。M君は何故か耳鼻科通院の時に一緒になったことがあり、それも違う耳鼻科にかかっていたのですが、行き帰りの自転車が一緒になり、会話をしたことがありました。いままでクラスは一緒になることはなかったのですが、彼は名前が売れていたので顔と名前は知っていました。おそらく彼もそんな感じで私を見ていたことでしょう。あ、耳鼻科のM君だ、と思い、なぜだかその時から好意を持って彼と同じクラスになったことを喜びました。
 
担任は今でいう御大、社会科の三浦友和を自称するイケメン先生、当時29歳です。この先生はクラス対抗行事でやたらと熱くなることで知られていました。体育祭、合唱コンクールでは、練習がとにかくハードで、クラスが優勝しなければそのクラスの生徒はどんな目に合わされるのかわかったものではありません。
 
当時から私は機械が好きで、技術室へ掃除当番で入ると、技術の先生たちがコーヒーを入れてくれて機械談義をしたり、工作機械を触らせてくれたりしていたので、とても楽しみでした
 
この三浦友和先生も無類の機械好き、学校の拡張工事ではかなりの無理を言って視聴覚室に高価な機材を入れることに尽力していました。ソニーファンの彼らしくベータマックスのデッキにサラウンド音響システム、大画面映写機が入り、授業でよく活躍していました。新しい物好きな私が楽しくないはずもなく、いい先生だな、と思ったものです。そして時々挿入される山の話。
 
しかしそれは私がただの機械マニアであっただけの話、それで終わるわけはないのです。この先生の本質に気がつくのは、むしろ卒業してからでした。
 
卒業5年、二十の時。成人式の後、なんとご自宅に卒業生を招待してくださったのです。大して広くもない(失礼!)部屋にすし詰めになり、お祝いをして下さりました。この時の写真は大切にとってあります。肖像権の問題がクリアされればアップしたいくらいです。これが本質の話?いやいや、続きをお読みください。
 
その後、その先生は出世をしていくのですが、個人特定につながりかねないので詳しくは書きませんが、ただの出世街道ではないのです。学校の管理職が現場をダメにしているという思いから自分がなって改善しようと思い立ち、次は教育委員会がダメ、とそこへ乗り込み現場を支援し、文科省にまで口出しを始め、そして定年前に燃え尽きて引退しました。
 
自分が出世したくて、ではないところがミソなのです。現場で苦しんでいる人を、そしてそのことを通じて最終的には生徒を、救いたいという思いからの行動なのです。
 
今では大学の講師をなさっていて、後進の指導に情熱を注いでいるそうです。そう、彼の生き方こそが、私たち卒業生への強烈なメッセージになっているのです。
 
私が就職した頃はバブル真っ最中でした。どの企業でも良い条件を提示し、とにかく来てくださいと今では考えられない状況でした。しかし、私たちはそんな生き方に、当然のように背を向けてしまうのです。
 
M君は農学部を出たあと、青年海外協力隊でアフリカ某国へ農業指導に3年行きました。
私は、まあいろいろやりたいことをやってしまったつけもあるのですが、給料が安くて有名な福祉の道へ進んでしまいました。
 
さらに、私とMくんの高校の友人、shi*a,,,,,77の就職の世話をしていただき、彼も準卒業生として今でも鍛えてくださっています。
 
私たちが金銭や社会的地位ではない価値感を持っている影には、いつも社会のために、他人のために、何ができるかを考えて、一所懸命に行動する彼の姿があるのです。
 
先日のスキー旅行では、今までにない話題が出ました。それは高齢化社会です。地元の老人問題を大学生をうまく使って解決できないか、と本気で何か行動するような感じでした。「一隅を照らす」ことに専念することにしていた私には話が大きすぎる感じです。
 
さて、中学生当時、勉強もしないで自転車に熱中する私を変人扱いすることもあった三浦友和先生ですが、数年前の年賀状に
「最近ロードバイクにはまっています。ホノルルセンチェリーラン完走しました。」とありました。
家は比較的近所なので、道路から覗いてみると、なんと!家の中にロードバイクが置いてあるではありませんか。自転車を家の中にしまうまでハマるとは。ふふふ、私の方が先見の明有り、という部分もありましたね。
 
この先生は体育祭、文化祭、修学旅行や移動教室、もちろん授業でも、面白エピドードがあります。機会があったらまたブログで紹介していきます。あ、それから、私が自分や友人をやたらとイケメンというのも、三浦友和を自称していたこの先生の影響です。
 
※社会科の三浦友和先生、このブログに問題がございましたらお申し出ください。訂正、削除をいたします。

ガンちゃん先生の思い出を書いたのですが、ちょっと書き方に問題があったので、ここで先生の名誉回復をさせていただきます。
 
まず、私が数学嫌いのままという件(くだり)、彼の授業が分かりにくい、興味を引かないという意味ではありません。高校入試で足を引っ張る教科にはなっていませんでした。これは私の父が数学科の教諭で、そのコンプレックス作用があったり、私の性格にマニアックな性向があったため、当時はまり込んでいた自転車とは関係ない物(ほぼすべての教科です)への興味がなかったことなどが主たる原因であります。
 
ラジオの録音を流したことについて、記憶がある、などとあいまいな表現にしましたが、その授業は強烈な印象だったのでほとんどすべてを鮮明に覚えています。
 
朗読は中年の男性アナウンサーで、朗読中、
「すいません、ちょっと込み上げてしまいました。最後まで読み通せる自信がなくなってきました。行ける所まで努力はしますが、もし、読み通せなくなったらごめんなさい。」
という言葉を挟んで続きを読み上げました。終盤は完全な涙声でしたが、最後まで読み通しました。
 
終了後、クラスはシーンとして、重苦しい雰囲気に、そして泣いている女子も数名おりました。ガンちゃん先生、
「死を前にしても、希望を捨てずにこんなにがんばっている人がいました。皆さんはどうですか。自分のことを、一回よく考えてみてください。一生懸命頑張っていますか。」
 
ホームルームが終わってから、ぼそぼそっと
「こっちもうるうる来ちゃってやばかったです。ちょっと効きすぎでしたね。やばいなあ、次からもう少し軽いのにしとこう。」
と、担任に打ち明けていたのを私は聞き逃しませんでした。
 
いや、余計な話が入ってしまいましたが、それくらい良いホームルームをやっていたのです。
 
一句献上
静けさや 胸に染み入る 岩の声
 
タイトルは魯迅の「藤野先生」を意識して付けましたが、本文も合わせてきれいにまとめようとしてかえって失礼な表現になってしまいました。
 
 
さらに、「もうすぐ還暦」も失礼だったかも。御大の3年後輩でしたが、計算すると御大は「まっすぐ」ではなかったのでさらに一つ年下かもしれません。
 
さて、名誉の回復をしたところで、私のブログですので道具に関するエピソードを。
 
当時、同級生とサイクリングに行っていたのですが、出先で非常持ち出し袋に入っていた固形燃料と、燃焼台、小さいコッヘルを持って調理に使っていました。固形燃料がなくなってからは、牛乳パックを持って行き、それを燃料代わりに燃やしていました。なかなか湯が沸かず、ストーブが欲しくして仕方がありませんでした。ガンちゃん先生に、授業の後、質問があると言って尋ねました。
 
「ストーブ?俺はEPI使っているよ。BPの方。キャンピングガスもあるけど、あっちは火力弱くて。一度セットするとガス缶外せないし。EPIがいいよ。」
 
彼は来客があると、EPIで湯を沸かしてコーヒーを淹れていたそうです。今でもEPIを使うとガンちゃん先生を思い出すのです。
 
爪切りにも印象的な話があります。
 
職員室へ用事があって行ったとき、ガンちゃん先生は爪を切っていました。爪切りの横にセロテープを貼っていて、切った爪が飛ばないようになっていました。あ、これ新聞に書いてあった、と言ったら、
「いつの新聞?先月くらい、そうだろう、これは俺がずっと前からやっているんだ。俺が自分で考えて始めたの。新聞の方が俺の真似してんだよ。」
 
その後、爪切りに爪が飛ばないようなケースが付くようになり、儲け損ねたな、と思う次第です。

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