ガンちゃん先生の思い出を書いたのですが、ちょっと書き方に問題があったので、ここで先生の名誉回復をさせていただきます。
 
まず、私が数学嫌いのままという件(くだり)、彼の授業が分かりにくい、興味を引かないという意味ではありません。高校入試で足を引っ張る教科にはなっていませんでした。これは私の父が数学科の教諭で、そのコンプレックス作用があったり、私の性格にマニアックな性向があったため、当時はまり込んでいた自転車とは関係ない物(ほぼすべての教科です)への興味がなかったことなどが主たる原因であります。
 
ラジオの録音を流したことについて、記憶がある、などとあいまいな表現にしましたが、その授業は強烈な印象だったのでほとんどすべてを鮮明に覚えています。
 
朗読は中年の男性アナウンサーで、朗読中、
「すいません、ちょっと込み上げてしまいました。最後まで読み通せる自信がなくなってきました。行ける所まで努力はしますが、もし、読み通せなくなったらごめんなさい。」
という言葉を挟んで続きを読み上げました。終盤は完全な涙声でしたが、最後まで読み通しました。
 
終了後、クラスはシーンとして、重苦しい雰囲気に、そして泣いている女子も数名おりました。ガンちゃん先生、
「死を前にしても、希望を捨てずにこんなにがんばっている人がいました。皆さんはどうですか。自分のことを、一回よく考えてみてください。一生懸命頑張っていますか。」
 
ホームルームが終わってから、ぼそぼそっと
「こっちもうるうる来ちゃってやばかったです。ちょっと効きすぎでしたね。やばいなあ、次からもう少し軽いのにしとこう。」
と、担任に打ち明けていたのを私は聞き逃しませんでした。
 
いや、余計な話が入ってしまいましたが、それくらい良いホームルームをやっていたのです。
 
一句献上
静けさや 胸に染み入る 岩の声
 
タイトルは魯迅の「藤野先生」を意識して付けましたが、本文も合わせてきれいにまとめようとしてかえって失礼な表現になってしまいました。
 
 
さらに、「もうすぐ還暦」も失礼だったかも。御大の3年後輩でしたが、計算すると御大は「まっすぐ」ではなかったのでさらに一つ年下かもしれません。
 
さて、名誉の回復をしたところで、私のブログですので道具に関するエピソードを。
 
当時、同級生とサイクリングに行っていたのですが、出先で非常持ち出し袋に入っていた固形燃料と、燃焼台、小さいコッヘルを持って調理に使っていました。固形燃料がなくなってからは、牛乳パックを持って行き、それを燃料代わりに燃やしていました。なかなか湯が沸かず、ストーブが欲しくして仕方がありませんでした。ガンちゃん先生に、授業の後、質問があると言って尋ねました。
 
「ストーブ?俺はEPI使っているよ。BPの方。キャンピングガスもあるけど、あっちは火力弱くて。一度セットするとガス缶外せないし。EPIがいいよ。」
 
彼は来客があると、EPIで湯を沸かしてコーヒーを淹れていたそうです。今でもEPIを使うとガンちゃん先生を思い出すのです。
 
爪切りにも印象的な話があります。
 
職員室へ用事があって行ったとき、ガンちゃん先生は爪を切っていました。爪切りの横にセロテープを貼っていて、切った爪が飛ばないようになっていました。あ、これ新聞に書いてあった、と言ったら、
「いつの新聞?先月くらい、そうだろう、これは俺がずっと前からやっているんだ。俺が自分で考えて始めたの。新聞の方が俺の真似してんだよ。」
 
その後、爪切りに爪が飛ばないようなケースが付くようになり、儲け損ねたな、と思う次第です。