2011年9月17日 7日目
 
一晩ものすごい勢いで雨は降り続け、朝ようやく晴れ間が見えました。癖で5時前には目が覚め、朝食、そして出立の準備。台風はさらに接近するので、今日は川下りはせず、高知市内観光に切り替えました。まずは高知市を目指して車を走らせます。ホテルを出て直ぐ、四万十川が見えるところにさしかかりました。昨日とはまるで違う川相です。茶色い水が猛スピードで橋の橋脚にぶつかっています。水位も驚くほど高く、河原の多くは消失していました。
 
R56を走行中、渋滞が発生。渋滞の原因は事故で、片側交通になってしまっていたからです。
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高速に乗ると、激しく雨が降ってきました。仁淀川の上を通過中、川を見ることができました。清流で名高いこの川も、茶色い濁流と化していました。
 
高知は坂本竜馬記念館を見学、車を高知城に駐車、城を見て、竜馬が生まれた町記念館、山内容堂住居跡、土佐山内家宝物資料館など歩いて見て回りました。昼食はひろめ市場で。意外に思ったのはすべてが近いこと。饅頭屋長次郎と竜馬の家は本当に近所だし、そのすぐ目の前が高知城、容堂の公邸も歩いて数分の所です。大河ドラマ竜馬伝ではもっと城が遠いように感じたのですが。当時の階級社会では歩いて行けない遠いところだったのでしょうか。そしてみな若い。容堂が明治5年死去の時に46歳。竜馬伝では近藤正臣が演じていましたが、あんな爺さんになる前に死んでいたのです。容堂と武市半平太はわずかに2歳違い。吉田東洋でも暗殺された年は48歳。
 
そうなると、幕末期がまた違った見え方をしてきます。ドラマだから創作があるのは仕方がないとしても、もう少し年齢差を現実に近づけた配役してもらえませんかね。実話から離れすぎというのもかえってつまらなくしています。
 
「中岡、来るぞ!」
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切られた!写真は他の人が上がりこんできて撮影不能。何しろ一人旅、すべてセルフシャッターなもので。近江屋は結構広い部屋だったんですね。8畳あります。2人が泊まる部屋ではもったいないくらい。誰かと会う予定だったのでしょうか。
 
この日の宿もG-book で調べ、安い順に電話。何とかオリエントホテルに素泊まりを確保し、夕食は市電に乗ってはりまや橋まで行きます。はりまやとは変な名前と思っていたら、播磨屋がお金を出してかけてくれたから播磨屋橋だそうで、よさこいで有名になったのでその名称は短い橋ひとつで全国区、よい宣伝だったことでしょう。
 
その周辺の、アーケードで夕食。生簀にウツボがいてびっくり。この地方の特産だそうです。夜は柏レイソルの応援をテレビでしてから寝ました。
 
2011年9月18日、19日
 
朝市で買い物をしました。刃物が有名だそうで、前から欲しいと思っていた出刃包丁を一つ、文旦1箱、昼食用にばあさん手作りのサバ寿司などを購入。そして徳島港へ直行。
 
おーしゃんのーすは出港前に放送があり、台風による高波が押し寄せているので、激しい揺れが予想されます。酔い止めを売店で配布しますので、早めに対処してください。とのこと。これは期待できます。オーシャン東九フェリーはロール角度10度を超えると、1000円クオカード2枚をお見舞いとして全乗客に配布するサービスがあるのです。しかもそのデザインは東九オリジナルで、船の写真が入っているもの。これはぜひとも欲しい。
 
徳島港を出て、外洋に出るとすぐに船はピッチングを始めました。しかし左右の傾斜は残念ながらたいしたことありません。何回も傾斜計を見に行きますが、せいぜい7度くらいでそれより上にはいく気配がありません。他の船を見ると、ものすごいピッチングを起こし、フォアデッキを超えた波が甲板を激しく洗ってる姿も確認できましたが、この船は縦方向でもそんなに揺れません。
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ロール抑制はフィン‐スタビライザーの効果でしょうか。結局台風の影響下にあってもロール角度10度は達成できず、とうとう東京湾に進入。クオカードは残念ながらいただけませんでした。定刻通り東京港に到着。朝8時、自宅に帰ってきました。道具を干したり手入れをして、ああ、明日から会社か。